9th TOUR OF JAPAN 第1ステージレポート

会場入り

 去年、修善寺ステージ、茂木ステージ、宇都宮ステージ、東京ステージと4ステージを観戦。今年はぜひとも全ステージ観戦してみたいものだと思った。
 思ったが、サイクルロードレースはアクセスのよろしくないところで開催されることが多い。南信州以降は旦那が参戦(戦うのかよ)するので足を心配する必要はないんだけど、大阪、奈良は単独での遠征。免許なし、金なしの私に現地までたどり着けるのかが不安で、調べ物にかなりの時間を費やした。さんざん調べた挙げ句に大阪、奈良ともに公共交通機関でたどり着けそうなことがわかったのはいいが、レースの4〜5日ぐらい前になってから公式サイトにアクセスマップが掲載された。…なんだ、無料のシャトルバスとか出るんぢゃん。ちゃんと掲載されたことは評価すべきかもしれないけど、できればもうちょっと前、せめて一週間ぐらい前に載せてもらえたらありがたかった。

 大阪までは飛行機で。朝イチの便+チケットレスサービスを利用すればお値段9400円で高速バスとさほど変わらなくなる。元フリューゲルスサポーターとしては恨み骨髄なんだけども、それでもついANAを選んでしまう私が哀しい。でもおかげさまで出来たばかりの羽田第2ターミナルが利用できて嬉しかったりなんかした。さすがにきれいだったなぁ。ゆっくり見て回る余裕はなかったので、今度時間がある時に探検に行こうと思った。
 いざ乗り込んだ飛行機は、日曜早朝の便のせいか、妙に乗客が少なかった。私は非常口脇の足元の広い席を事前に予約してあったんだけども、横3列のその席は隣2つが空席で、前の列も誰もいなかった。何が驚いたって、関空に到着して預けた荷物が出てくるのを待ってたら、出てきた荷物が3つだけだったってこと。そんなに空いてる飛行機乗ったことなかったよ〜。特徴のないキャスターバッグが一目でわかるように持ち手にバンダナ結わいて来たんだけども、そんな気遣いは無用だったらしい。
 ともあれ、10分程度しか違わない便で到着する絹代さんと空港で待ち合わせ。あまりに時間が早すぎたので、スターバックスでお茶をしてから、電車に乗って無料シャトルバスが出る津久野の駅まで移動。シャトルバスで会場入りした。

 いざたどり着いたスタート地点の泉北下水処理場は、名前から勝手に人里離れたところを想像してたんだけど、目の前に団地があって、県道沿いにファミリーレストランや車屋さんが立ち並ぶ、普通にちょっと郊外の街だった。
 すでにかなりの人で賑わっていて、さすがツアー・オブ・ジャパンという感じ。見知った顔が勢揃いという感じで、まして海外を飛び回っていて日本のレースはあまり見に来られなかった絹代さんは、あっちで立ち止まり挨拶、こっちで立ち止まり挨拶、という感じでちっとも進めなくて大変そうだった(笑)。
 でもってミヤタスバルのチームピットにお邪魔してご挨拶。今日は家でネット観戦予定の旦那がしゃべりたいというので、あやべっち、三船さん、栗村監督あたりと携帯で話をしてもらう。旦那が南信州からの参戦(だから戦いかよ)だというと、三船さんが「じゃそこまでは頑張って行くから」と答えたそうな(笑)。いやいやそこまでと言わず(笑)。

ミヤタスバルな方々 ブリヂストン・アンカーな方々
ミヤタスバルな方々。三船親分のバイクを囲んで。 ブリヂストン・アンカーな方々。浅田監督の姿も。

 3泊4日分の荷物が重たかったため、ミヤタスバルのキャラバンに積ませてもらった。リュックに詰めてたパソコンも詰め替えて、身軽になっていざ出陣!

レース

 今年のツアー・オブ・ジャパン大阪ステージの舞台となった堺市泉北周回コースは、大会前身の国際サイクルロードレース時代から使われてきた歴史のあるコース。昨年の第8回大会では同じ堺市ながら新日鉄内特別周回コースで行なわれた。一昨年はSAASの影響で大会自体が中止。というわけで、3年ぶりにこのコースへと戻ってきたことになる。
 でもって1周は12.8km。道のりの半分までが上り基調で、後半は下り基調の周回コースを11周、全長140.8kmとなっている。上り基調といっても標高差にして50mほど。山岳続きの今回のツアー・オブ・ジャパンにおいてスプリンターが狙える数少ないステージの1つだ。
 スタート地点から南東の方向に進み、豊田橋北の交差点を左折。そこから次の角までがちょっとした上りになっている。仕掛けどころとしてはここらだろうか。
 あと、後述のチームカーで移動させてもらった時に初めて気づいたんだけど、ラストのコーナー手前がゆるやかな上り坂になっている。コースプロフィールだと平坦っぽいんだけどね。
 残り9、6、3周回にスプリントポイントが設定されていて、それぞれ1位通過5点、2位通過3点、3位通過2点が与えられた、らしい。「た、らしい」というのは、公式サイトの大会規則を見ると「それぞれ5、2、1点を与える」と書いてあるんだけど、それだと計算が合わないのよ。レース速報に載っていた5、3、2点にするとつじつまが合うので、おそらくそういうことなんだろうと思う。しかも大会ルールは「設定周回は以下のとおりとする」で終わってるし。「以下」ってなんなのよ(;_;)。

 この日の天候は快晴。関東地方では数日前から肌寒い日が続いていたけど、大阪はものすごく暑かった。長袖Tシャツの上にジップアップトレーナーを羽織っていたら、大汗かきまくりもいいとこだった。

集団は泉北下水処理場前をスタート
 まずはスタート地点で集団を見送る。…のはいいが、今日も今日とて警備員がうるさい。中央分離帯のところには、プレスのビブスを着たカメラマンしか入れない。ビブスではなく、プレスのパスを提げた絹代さんですら入れない。じゃプレスのパスは何ができるのかというと、チームピットのエリアに入れるというだけらしい。一人に許可したらキリがないってのもあるかもしれないけど、ちょっとなんだかなーと思ってしまった。
 ともあれスタートを見てから、進行方向とは逆方向に歩き始めた。

 てくてく歩いて落合大橋南の交差点まで。こっちの角まではそんなに距離がないため、集団がやってくる前にたどり着けた。
 1周目の終わりの時点では、集団はまだ1つのままだった。集団先頭にオーストラリアの選手が固まっている。
 と、NIPPOの選手が2名集団から遅れているのが見えた。パンクで遅れた山本選手をフォローするために池本選手が戻ったらしい。ここで足を使ったのか、池本選手は足切りにあい、初日にTOJを終えてしまうことになる。チームには最後まで帯同して補給の手伝いやら何やらをしている姿が見られた。
 TOJって、足切りにあったりしても、翌日出走できる救済措置(いわゆる「ゾンビルール」)が適用されることが多い。でも適用されないこともあって、そのあたりがちょっとわかりづらいなぁ。選手やチームもずいぶん経たないと翌ステージに出られるのか否かがわからないみたい。海外でもこんなもんなのかな。
 ともあれ。角のところは人も多く、しかもプレスのビブスを着た人しか正面から撮らせてもらえないため、いい写真は望めない。ということで、またスタート/フィニッシュ地点方面に歩き始めた。

 最初のスプリント周回前にミヤタスバル綾部、ラバネロ米山、ブリヂストン・アンカー福島晋一を含む数名が集団から抜け出した。最初のスプリントポイントはラバネロ米山、ミヤタスバル綾部、ブリヂストン・アンカー福島晋一の順で通過。
 次の周回だろうか。ミヤタスバルの中川選手が落車。ご本人blogによるならば、「集団にいる時にパンクしながらコーナーに侵入してしまい、落車」とのこと。
 実際現地でレース観戦していて思うのは、スプリントポイントや山岳ポイントの通過順位、現時点での獲得ポイント、それから落車だったりパンクだったりするトラブルに関しては、現地だとかえって状況が把握しづらい。現地に赴かずにネットで情報を拾っている人の方がよっぽど状況をわかっていたりするわけで。事実、誰がポイントを獲得したのかも知らなかったし、落車があったのすら知らなかった。旦那にメールもらって初めて知って「ほえ?」って感じだった。
 ともあれ、落車の影響はそれほどなかったようで、中川選手はまもなく集団に戻った。

 ラバネロの米山選手、ミヤタスバルの綾部選手は、2つ目のスプリントポイントも狙いに行った。2つ目のスプリントポイントは、1位綾部、2位サットン(オーストラリア)、3位米山の順で通過。そんなこんなの動きはあったものの、この段階ではまだ決定的な逃げは決まらず。数人が飛び出しては引き戻されるというのが幾度となく繰り返された。

 その頃、絹代さんと私は、スタート/フィニッシュ地点を通り過ぎ、集団が左折する豊田橋北を目指し、ひたすら歩いていた。落合大橋南の交差点からは5kmぐらいあるんだろうか。強い日差しの下、がしがし歩くもなかなか交差点までたどり着けない。やっぱ平坦ステージで移動しながら見るんだったら自転車があると便利だよね。大阪ステージだったらママチャリでもなんとかなったかも。
 さんざん歩いてやっとこさ豊田橋北までたどり着いた。うひゃ〜。ずいぶん歩いた。左折して泉ヶ丘駅の手前あたりに陣取る頃には残りの周回数がかなり少なくなってきてた。
 最初に書いたけど、豊田橋北を左折したあたりから、くっと上り坂になっている。この坂を、ここまでずっと海外で活動してきたシマノの狩野選手が上ってくる姿を見た時、日本で狩野選手の走りを見られる幸せ〜を感じた私でした。

泉ヶ丘駅前の上り坂 …を上る集団
こんな坂。 …を上る集団。

 …はいいんだが、すでにこの時点で残り4周。ここからてれてれ歩いていたんじゃゴールシーンにはどう考えても間に合わない。
 というわけで、絹代さんとご一緒させてもらった役得、NIPPOのチームカーに乗せてもらってフィニッシュ地点まで戻ってきた。
 車内の無線で、ラバネロの飯島選手が逃げを打ったと耳にした。が、この逃げは決まらず。そしてレースは終盤戦に突入した。

終盤に決まった7名の逃げ
 残り3周。ここで、ブリヂストン・アンカー福島晋一、シマノ狩野、愛三廣瀬、NIPPO岡崎、パラファームのワン・カンポ、バルロワールドのケウラ、ウィズミラクのトントン・スサントの7名の逃げが決まった。右はその写真なんだけど、福島晋一選手が写ってないね。前か後ろかにいるんだと思うけど。
 先頭7名のリードは、一時1分弱にまで広がった。なかなか強力なメンバーだったので、もしやこのまま逃げ切りか?と思われたが、最後の周回でオーストラリアチームが猛烈に追い上げにかかった。40秒、30秒、25秒とタイム差が詰まってくる。愛三の廣瀬が、チームオーダーか、先頭から離脱し、集団に戻る。をっと、後続に吸収されるのを嫌って、バルロワールドのケウラが先頭からアタック。しかし、必死の抵抗も実らず、ゴール手前数キロの地点で1つの集団に戻った。
 ラストは集団スプリント。これを制したのはオーストラリアのゴス。2位には同じくオーストラリアのサンダーソンが入って、オーストラリアがワンツーフィニッシュを決めた。
 今回、オーストラリアナショナルチームは、84年生まれが3名、85年生まれ1名、86年生まれ2名と、U-23のメンバーを揃えて来ている。84年って、あーた、私すでに大学生ですがな。全員が全員、私の子供であってもおかしくない状況に思わず狼狽(^^;。なんのこっちゃって感じだわ。
 ともあれ、86年生まれ、18歳(!!)のマシュー・ゴス、区間優勝を果たし、もちろん個人総合リーダージャージをゲット。また、ゴールでのポイント15ポイントを獲得し、中間スプリントポイントを2位、1位、2位で通過した上、8位でフィニッシュして14ポイントを稼いだミヤタスバル綾部とは1ポイント差で、ポイント賞リーダージャージも獲得した。
 どうでもいいんだが、とてもその若さには見えないぞ>ゴス

 でもって日本人最高位はラバネロ飯島誠選手の5位。韓国帰りで疲れも溜まっているだろうに(ツール・ド・コリア参加組は、大阪ステージが第8ステージだったらしい)たいしたもんです。
 でもって詳細なリザルトは以下の通り。

★ ステージ優勝
マシュー・ゴス(オーストラリア)
★ 個人総合
マシュー・ゴス(オーストラリア)
★ ポイント賞
マシュー・ゴス(オーストラリア)
●ステージ順位
順位名前チームタイム
1マシュー・ゴスオーストラリア3.01.58
2ニコラス・サンダーソンオーストラリア+0.00
3アッサン・バザイエフカペック+0.00
4マッテオ・カッラーラバルロワールド+0.00
5飯島 誠スミタラバネロパールイズミ+0.00
6宮澤 崇史ブリヂストン・アンカー+0.00
7三船 雅彦ミヤタスバル+0.00
8綾部 勇成ミヤタスバル+0.00
9ジャック・フラールコニカミノルタ+0.00
10ワン・ウニェチンパラファーム+0.00

撤収あーんどお泊り

 レース終了後、ミヤタスバルのキャラバンから荷物をピックアップし、現地を後にしようとした。一番近いシャトルバス乗り場はどこだろうと思って大会本部やらなにやらで尋ねたけれど、要領を得ない返事しか返ってこない。「多分あっちだと思います」みたいな、多分ってなによって感じの言葉に従って歩いて行ったら、絶対遠い乗り場に着いてしまった。しかも、あんなに晴れてたのに突然雨が降り出して。かなり大粒の雨がいい感じに降ってきた。寒さに備えてリュックに忍ばせてきたウィンドブレーカーを羽織って雨をしのぐも、なにせパソコン、デジカメ、携帯電話などなど、電化製品満載の身の上。これ以上降ってきたらどうしようかと思ったけど、そうこうしてるうちに無料のシャトルバスではなく、すぐに乗り込めそうな路線バスが来たのでそっちに乗り込んだ。長いこと待たず、あんまり濡れずに乗り込めて一安心。

 津久野の駅にたどり着いた頃には雨も上がり、というか日が差していた。なんだったんだ、あの雨は。去年も思ったけど、この時期の天気はホントによくわからない。
 なんだかんだ言って昼ご飯を食べ損ねたので、津久野駅近くの「デイリーカナート」でお買い物。ここのスーパーが、品揃えもいいし、お値段もよろしく、この近くに住んだら幸せかも、と思うようなとこだった。私は別寅の焼きかまぼこ、シトラス系ゼリーデザート、麦茶を、絹代さんは刺身こんにゃくとダイエットコーラを購入。店の外にあったベンチに座ってもぐもぐと。さらに、駅まで戻りがてらコトブキでソフトクリームを購入してペロペロしながら歩いた。ソフトクリーム140円也。物価が安くて住みやすそうなとこだなぁ。

 この日新幹線で自宅に戻る絹代さんは新大阪、奈良宿泊の私は近鉄奈良まで。ということで、鶴橋の駅まで一緒に帰ってきた。絹代さんは、前日に韓国から帰国して、当日朝早くの便で現地入り。この日いったん帰宅して南信州から再度合流の予定だった。寝て目が覚めたら自分がどこにいるのかわからなくなりそうなハードスケジュールだ。でも、この日一緒に行動させてもらって、いろいろ話も聞けたし、チームカーにも乗せてもらえたし(大門監督ありがとうございました)、とっても楽しかった。

 鶴橋の駅で絹代さんと別れ、私は近鉄で奈良まで。各駅停車に乗っても10分ほどしか変わらないんだけども、あまりに荷物がかさばって、身動きが取りづらかったため、500円余計に払って特急券を求めてしまった。出て来た切符には座席番号が。へええ 全席指定なんだ。京浜急行育ちの私には、そもそも特急に乗ることで料金を取られること自体よくわからないので(京浜急行は快特、特急、急行、各駅のどれに乗っても料金は一緒)、どこに行ってもいちいち新鮮だ。
 乗車時間は20分ほどだったけど、ゆったり座れて楽チンだった。

 この日の宿は、近鉄奈良駅から徒歩7〜8分のサンルート奈良。シングル素泊まりで1泊5775円だ。割合安くない?
 部屋に入るなり、帽子を脱いで、靴を脱いで、ジーンズを脱ぎ捨てて、荷物を片っ端から引っぱり出して、きれいな部屋を一気に生活観丸出しの部屋にする。ノートパソコンを引っぱり出して、書き物机に設置。ちょっと狭いけど、AirH"もさくっとつながるし、とっても快適。

 しばらくのんびりした後で、外でご飯を食べるべく、身支度を整えて部屋を出た。が、駅まで戻りふらふらしてたらスーパーを発見。お弁当なんかも売ってたので、外食は取りやめて、緑茶の2リットルペットボトル、枝豆、プチトマト、小なすのからし漬け、お稲荷さんと海苔巻きのセット、翌日の補給食用にゼリー状のドリンク、3cm各ぐらいのミニ羊羹を買って部屋に戻る。

 お風呂に入り、飲み食いしながらスタートリストを作成。どうやって作ったかっていうと、公式サイトの第1ステージリザルトをタブ区切りのテキストに変換して、Excelに読み込んでからあーでもないこーでもないやったものを去年のスタートリストのHTMLファイルに切り貼り。こういう時表計算ソフトって便利だなぁと思う。ただし、あまり表計算らしいことに使ったことは皆無に等しいんだけど。
 で、なんとかファイルを作成したものの、いざWeb上にアップしようと思ったら、FTPソフトで接続時にはねられる。なんでだろうとさんざん頑張ってから気がついた。鶴輪館を置いてあるサーバは、自社ネットワーク以外からは接続できないのであった。わ、忘れてたよ。
 仕方がないので本館移転先用に借りてあったサーバにデータを置いた。容量10MBのところを8割方使っちゃってることを考えると、鶴輪館の移転も考えなきゃいかんかなぁ。
 ともあれ、そんなこんなをしていたら、日が変わってしまったので目覚ましをかけて就寝。明日もいい天気でありますように。

追記

 昨日、CyclingTime.comの岩佐千穂さんのblogを読んだら、TOJ大阪ステージを観戦した時のことが書いてあった。それによるなら、泉北高速鉄道の深井駅(すぐ近くの道がコースになってる。ただし、スタート/フィニッシュ地点までは3kmぐらいあるのかな)にレンタサイクルがあるそうな。ママチャリだけど、1日借りて300円。ちょっとしたアップダウンはあるものの、まぁおおむね平坦な大阪ステージなら、移動にとても便利そう。ちなみに身分証明が必要だそうです。

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