9th TOUR OF JAPAN 第2ステージレポート

会場入り

 奈良ステージは9時スタート。宿からスタート地点の東大寺大仏殿までは2kmほどの距離なので、ちんたら歩いても30分ほどあればたどり着けるだろう。
 朝は6時過ぎに起床。いつもとそんなに変わらない。レース観戦というと、4時とか5時とか、ものすごい時間に起きることが多いので、この時間に起きて間に合うっていうのはものすごく楽、という気がする。のそのそ起き出して、昨日スーパーで買って来たお寿司の残りとプチトマトの朝食を摂り、身支度を整えて宿を出た。
 多分こう行けばという方向にてくてくと。奈良公園の前を通りかかったら、すぐそこに鹿がたむろってて、つい足を踏み入れてちょっかいをば。

おおよそ緊張感のない鹿たち 左端のは笑ってるし
右端のはのへーっとしてるし、 左端のは笑ってるし。
おおよそ緊張感のない鹿たち。

 奈良公園の鹿っていうと、鹿せんべいを求めて押し寄せてくるイメージしかなかったんだけども、朝で他に人がいないせいか、鹿せんべい持ってないせいかわからないけど、おおよそ緊張感のない姿だった。左の写真の「のへ〜〜」っとしてるの、なんか好き。

 と、鹿にかまけていたら、出勤前だけども現地の様子が気になってしょうがない旦那から「監督や選手たちはスタート地点に移動開始したみたい」とのメールが。おっと、いかん、私も移動しなくては。

 歩き出したのはいいけれど、そのあたりって道路を渡るのに横断歩道がなくて、交差点まで行ってみると行き止まりだったりした。一度戻って道の反対側に渡ると地下通路があって渡れるようになっていた。思ったよりも時間がかかるかも、と先を急ぎ、地下通路から外に出たとこで、ホントに合ってるのかな、と一瞬不安に。多分絵に描いたようにぼーっとした顔であたりを見回していたら、あ、ミヤタスバルのチームカー。栗村監督が合図をして通り過ぎて行きました。よかった、間違っちゃいないらしい。
 急いで後を追って、すでに観客で賑わうスタート地点にたどり着いた。

 キョロキョロしながら歩いていたら、あ、パンフレットが置いてあるテーブルの上にスタートリストが。そうそう、これが欲しかったのよと、急いでゲット。コピーをするのが大変とか、ヘタに渡すと不公平といわれるとか、いろいろ理由はあるみたいだけど、スタートリストはぜひ欲しいものの一つです。有料でもいいや。あるいはサイトにちゃんとしたスタートリストを用意してほしい。公式サイトのはチームごと違うページになってて、しかもゼッケン番号が入ってない。チーム数分出力しないと役に立たないのであった。このぐらいだったら無理なお願いじゃないよね?

 とかなんとかやっていたら、その向かいぐらいに停まってるドクターカーのところで、前日落車したミヤタスバルの中川選手が治療を受けていた。終わった後で話を聞いたら、膝がちょっと痛い程度だったらしい。深刻な怪我じゃなくて幸いでした。

 あ、ワン・カンポとチームメイト(多分ラム・カイツン)が鹿と遊んでる。鹿に手を伸ばしてるところは撮りそびれたけど、なかなか愛らしい光景でした。

 そうこうしているうちに、大仏殿前に選手がわらわら集まり始めた。スタート10分前。でもまだ緊張感はあまりなく、皆さんにこやかに談笑している。天気のよさもあいまって、うららか〜な雰囲気だ。

鹿と戯れるワン・カンポ 雲ひとつない空の下、選手はにこやかに談笑
鹿と戯れるパラファームの選手。手前がワン・カンポ 雲ひとつない空の下、選手達はにこやかに談笑中

ポイント賞リーダージャージを着たミヤタスバル綾部選手
 上の写真にも写ってるけど、集団真ん中ヘンではポイント賞リーダージャージを着たミヤタスバル綾部選手がCyclingTime.comの別府始さんと話をしていたよ。
 綾部選手は、前日中間スプリントポイントを積極的に獲りに行き、かつフィニッシュでも8位に入ってポイントを獲得。ステージ優勝のマシュー・ゴス(オーストラリア)とは1ポイント差で、惜しくもポイント賞リーダーの座を逃した。
 が、マシュー・ゴスは本日個人総合リーダージャージを着て走るため、2位の綾部選手がリーダージャージを着ることとなった。
 ミヤタスバルのレースレポートに、栗村監督が「いろんなものを乗り越えてきた彼を知る立場として純粋に感動した」と書いてた。私はそれほど昔から綾部選手を知ってるわけじゃない、というか、正直2003年にジャパンカップを観戦するまでは、日本のチームについてはあまり詳しくなくて、綾部選手という存在を知ったのは同年のツール・ド・おきなわの時。かなり真剣にネットで情報を追っていた雨中のそのレースで、落車に巻き込まれ骨折した綾部選手。綾部選手は病床からミヤタスバルの掲示板に、代理人さん経由でメッセージを載せていた。それに幾度かコメントさせてもらったりもしたし、それ以来、回復し、復調する姿を勝手に見守ってきた。綾部選手は、そういう意味で勝手に思い入れのある選手の一人だ。そんなこんなで実は私もポイント賞リーダージャージを着た綾部選手の姿を見て、一人胸を熱くしていたりしたんだが、こうやって熱く語りつつ、この際うだうだ書いてきたことは、ツアー・オブ・ジャパンにもレースの展開にも一切関係がなかったりすることは自分が一番知ってたりするわけだ。…なんかノリがヘンだな、今日の私の文章(^^;。

 レースが始まる前にかなりのテキスト量になってしまった。とりあえず先に進もう。

レース

 そんなこんなでスタート地点は東大寺大仏殿前。ここから周回コースの山添村布目ダムまでの25kmはパレード区間だ。プロフィールマップを見ると、スタート地点から周回コース入り口の月ヶ瀬針交差点までの18.6kmは、なんか緩やかに上ってるのかなぁ程度にしか見えないんだけど、無料シャトルバスに揺られながら外を眺めた限りでは、結構いい感じの上り坂だったな。
 実は、泊まった宿にレンタサイクルがあって、一瞬借りたらどうかなと思ったには思った。パンフレットを見て、パレード区間が25kmあることを知って取りやめたんだけど、やめといてよかったわ。ただでさえ坂上るのが苦手な私がママチャリで走ったら、途中で行き倒れてたかもしれない。
 ともあれ、25kmのパレード区間を経て、1周10.1kmの周回コースを12周する全長146.2kmのステージだ。
 周回コースに関しては、フィニッシュ地点に腰を据え、そこから一歩も動かずに観戦していたため(一人で観戦する場合、ヘタに動き回るよりは会場MCが聞こえる場所にいた方が展開を追いやすい。そうでないと、逃げのグループのゼッケンを追って、メモ取って、タイム差計って、写真撮って、声援を送りたいのに、あわわーで見送ってすべてパーになっちゃったりするから。ツール・ド・おきなわの教訓)、あまり語れることは多くない。とりあえずパンフレットを参考にするならば、起伏に富んでいて、道幅の狭い曲がりくねった道が続いているらしい。フィニッシュ地点手前に急な上り坂があって、フィニッシュ地点を通り過ぎてすぐのところに山岳ポイントが設定されている。

 前日に引き続き、この日の天気も快晴。ただし、めっちゃ暑かった前日と比べると、とても爽やかな印象。黙って座ってると肌寒いぐらいだった(ってもしかすると私だけかもしれないけど)。

 まずは東大寺大仏殿前をスタートする集団を見送ってから、無料シャトルバスに乗って布目ダム周回コースへ移動した。前日、NIPPOの大門監督が「平日だから奈良の人出が心配」というようなことを言ってらしたけど、いやいやなんの。スタート地点も、シャトルバス乗り場も、結構人が多かった。1台待てば座れたんだけど、気も急くし、立ったままつり革につかまっていくことにした。それなりの時間がかかってコーナーも多くてちょっとヨレたけど、無事たどり着けたのでよしとしよう。

 布目ダム周回コースにたどり着いた頃には数名の逃げが決まっていた。
 どうもいまだに状況が把握しきれてないんだけど、あれやこれやの情報を総合すると、アクチュアルスタート直後に集団からブリヂストン・アンカーの宮澤選手がアタックし、宮澤選手はやがて集団に吸収されたが、代わって同じくブリヂストン・アンカーの福島康司選手がアタック。これに数名が反応し、さらにパラパラと追いつく選手もあって、先頭はブリヂストン・アンカー福島康司、バルロワールドのカルデナス、プラサ、ウイズミラクのマッケンジー、カペックのバザイエフ、コニカミノルタのオーガスティンの6名になったということらしい。

 そして、つるりんメモによれば(確信が持てないってことだな(^^;)4周目に後続集団から6名を追って愛三の別府、西谷、バルロワールドのロンゴボギーニの3名が抜け出した。この前後にもいくつかのアタックがあったが、いずれもバルロワールドの選手がしっかりチェックしにいっている。

先頭グループのマッケンジー、福島康司、バザイエフ 愛三西谷がエース別府を引っぱり上げる メイン集団をコントロールするのはオーストラリア
先頭グループのマッケンジー、福島康司、バザイエフ 後続から3名がアタック。愛三西谷がエース別府を引っぱり上げる メイン集団をコントロールするのはオーストラリア。後ろにウィズミラクが固まっている

 愛三の別府、西谷、バルロワールドのロンゴボギーニは、7周目(多分)に前の6名に追いついた。これで先頭は9名に。整理するなら、バルロワールドがエースのカルデナスを含む3名、ウィズミラク1名、カペック1名、コニカミノルタ1名、日本勢ではブリヂストン・アンカー1名、愛三2名の計9名。このまま行けば、バルロワールドがどう考えても有利だ。

 話は戻るが、今日のこのコース、前述の通り、東大寺大仏殿前から周回コースまではパレード区間だった。パレード区間っちゅーからにはパレード区間なわけで、普通だったらゆったりとしたペースで進むところが、この日はしょっぱなから異様にペースが速かったらしい。パレード区間から集団後方でひらひらする選手が出ていたそうで、その一人がシマノの山本雅道選手だった。5月4日にオランダから帰国した山本選手は、当初予定されていなかったツアー・オブ・ジャパンに急遽出場が決まったらしい。そんなこんなの影響もあってか、早い段階で集団から脱落。
 私はというと、山本選手と仲のいい絹代さんから「まさくん がんばれー!」もしくは「まさくん おねがい がんばってー!」と女の子モードで応援してくれと頼まれ、一応努力はしていた。が、女の子モードってのはどう考えても無理。っていうか、声にドスがきいてしまうのであった。ま、「きゃー」なんか黄色い声出して、落車されても困るので、良かったのかもしれないけど(^^;。
 ちなみに山本選手は、この日、周回遅れにされてDo not Finish。ただし、救済措置が取られ、無事翌ステージも出走することになった。

 さて話を戻そう。なかなか強力なメンバーの先頭グループは、徐々にリードを伸ばし、後続とのタイム差は2分以上に開いた。
 残り4周というところで、1つ目、2つ目の山岳ポイントをトップ通過したオーガスティン(コニカミノルタ)が先頭グループから脱落。先頭は8名となった。
 後続の集団はというと、ここまで個人総合リーダージャージを抱えるオーストラリアが集団をコントロールしてきたが、もともとはスプリンターの多いチーム。一人、また一人と後方に下がった。代わって集団先頭でペースを上げたのがブリヂストン・アンカー。田代、福島晋一がペースを上げ、たまらず千切れる選手が続出した。
 それでも先頭8名は強力だった。タイム差は思うように詰まらず、8人の中での勝負となった。

 先頭8名の中で、最初に動いたのは愛三の別府選手だった。最終周回に入る頃、フィニッシュ地点手前で一気にペースを上げる。が、これをバルロワールドのプラサがしっかりチェック。先頭グループの背後では、西谷選手がちょっとキツそう。必死の形相で追い上げる姿を私のカメラがとらえている。

後続集団のペースを上げるBS田代 先頭グループからアタックしたのは別府匠 西谷が必死の形相で追い上げる
後続集団ではブリヂストン・アンカーの田代がペースを上げるが、タイム差はなかなか詰まらない 先頭グループからアタックしたのは別府匠 西谷が必死の形相で追い上げる

 この動きで先頭グループが絞られた。ラストはウィズミラクのマッケンジー、バルロワールドのカルデナス、カペックのバザイエフの三つ巴の争いとなり、ゴール手前の上りでマッケンジーが先行。そのまま逃げ切って区間優勝を飾った。以下、2位カルデナス、3位バザイエフと続き、先頭と9秒差の5位に別府、18秒差の7位に西谷、20秒差の8位に福島康司が入った。
 40名ほどの後続集団は1分23秒遅れでゴール。集団の頭はバルロワールドのカッラーラが獲った。

 日本人最高位の別府選手は、去年このステージで区間優勝して宇都宮まで個人総合リーダージャージを着ていた選手。後発ながら逃げに追いつき、個人総合優勝争いに踏みとどまった。別府選手の頑張りもさることながら、西谷選手のアシストも光った。
 他方、逃げに選手を送り込めなかったチームは、総合で1分23秒以上差がついて厳しいことになった。シマノあたりもつらいなぁ。狩野選手か野寺選手か、どっちかが入ってればまた違っただろうに。次ステージ以降、積極果敢に攻めるのか、あるいはステージ優勝狙いに切り替えるのか…。

 たいしたもんだと思ったのがミヤタスバルの三船選手。メイン集団の比較的前の方にいたかと思ったら、最後の周回で前輪がパンク。遅れて来た中川選手の前輪をもらってから集団を追い上げ、見事集団に戻ってゴールしたそうな。どのみち先頭グループに逃げ切られちゃったからしょうがないんだけど、もしも逃げをつぶせてたらステージを狙えてたかもしれないね。

 ともあれ、この結果を受けて、個人総合リーダーはステージ優勝のマッケンジー(ウィズミラク)、ポイント賞リーダーは2日続けて3位でフィニッシュしたバザイエフ(カペック)、山岳賞リーダーは3つの山岳ポイントを2位、2位、1位で通過したプラサ(バルロワールド)となった。
 リザルトは以下の通り。

★ ステージ優勝
デヴィッド・マッケンジー(ウィズミラク)
★ 個人総合
デヴィッド・マッケンジー(ウィズミラク)
★ ポイント賞
アッサン・バザイエフ(カペック)
★ 山岳賞
ダビド・プラサ(バルロワールド)
●ステージ順位
順位名前チームタイム
1デヴィッド・マッケンジーウィズミラク3.48.05
2フェリックス・カルデナスバルロワールド+0.01
3アッサン・バザイエフカペック+0.01
4ダビド・プラサバルロワールド+0.06
5別府 匠愛三工業+0.09
6パオロ・ロンゴボギーニバルロワールド+0.15
7西谷 泰治愛三工業+0.18
8福島 康司ブリヂストン・アンカー+0.20
9マッテオ・カッラーラバルロワールド+1.23
10ワン・カンポパラファーム+1.23
spacer 左からポイント賞リーダーのバザイエフ、個人総合リーダーのマッケンジー、山岳賞リーダーのプラサ

撤収あーんどお泊り

 行きにシャトルバスで布目ダムに到着した時、「帰りもここからバスが出ますので」と案内された。なので、先に待ってた人に一応「ここでしたよね?」と確認してからその場所に立っていたら、しばらくしてやってきた女性に「後発のバスは奥の駐車スペースに停めてありますので」と言われた。なんぢゃそりゃ。先に言ってくれ。
 バスが停まってるところに行ってみたら、バスが2台停まっていて、先発14時、後発14時30分、後発なら座っていかれるとのこと。まぁ取り立てて急いでるわけでもないので、後発のバスに乗って、ぼーっと出発を待つ…つもりだったんだけど、座った次の瞬間に意識を失い、次に目が覚めた時にはバスがすでに走り出していた。
 帰りの運転手さんはとても丁寧な人のようで、道を渡ろうとする子供がいれば停車して渡らせ、信号で停止する時にはアナウンスを流し、走り出す時にもアナウンスを流し。寝ても寝てもまだたどり着かず、いい加減首が痛くなってきた頃にやっとこさ東大寺前に到着した。
 バスはこの後、近鉄奈良、JR奈良の駅に停車するという話だったので、近鉄奈良まで行ってもよかったんだけど、時間もまだ早かったし、ちょっくら観光でもして帰るかと東大寺前でバスを降りた。
 …はいいんだが、修学旅行シーズンなのか、まぁ学生さんの多いこと多いこと。3分歩いただけでお腹一杯になってしまい、トイレに寄って、すり寄ってきた鹿をいじっただけで帰途に着いた。

 帰りがけ、近鉄奈良駅のすぐ近くにあるパン屋さんで翌日の朝食のパンを買い、前日行ったスーパーで夕食用のお弁当、サラダ、ビールなんてなものを買い込んで宿に戻った。
 あまりの眠さに、もうさっさとお風呂に入って、飲み食いして、8時ぐらいには就寝。が、日が変わる頃になって何を思ったか突然むくっと起き出し、パソコンに向かって第1ステージと第2ステージの速報を打ち打ちし始めた。どうでもいいが、部屋が寒くて、エアコン入れたら冷たい風が。全館一斉にコントロールしているようで、どうやっても暖房にはならなかった。仕方がないからお湯を沸かしてコーヒー(100円ショップでインスタントコーヒーの小瓶を買って持って来てた)をバカバカ飲んで暖を取りながら作業。我ながら何をやってるんだろうって感じだ。
 結局この日は2時半頃就寝。翌日は移動日なんだけど、とても時間がかかる方法で移動する予定なので、やっぱり6時半か7時頃には起きなくては。荷物もまとめなきゃいけないしね。

おまけの写真館

向かい側に愛三の秋田選手が 携帯電池切れ対策の新兵器 なぜ笑顔?
私が腰を据えていたポイントの道を挟んだ向かい側に、愛三工業の秋田選手がいたよ。右端が秋田選手 電波の弱いところで使ってるとすぐに携帯の電池がなくなってしまう。ということで、携帯電池切れ対策の新兵器「ULTRA CHAGER」登場 ちとピンボケだけども、なぜかオーストラリアの選手がカメラ目線あーんどにっこり笑顔だ。
後ろは落車の痕が痛々しい中川選手

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